きれいな海へ、、

 きれいな海へ行きたいんだ、 そこまでのキップを下さい・・・と男は言った。とある日曜日のことである。

「海へ」と言ってもパリはフランスの北よりにあるから南の海、ニース、やマルセーユ、コートダジュール等へは特急

で6〜7時間、で日帰りは無理ということはわかっているが、じゃあパリから近い海はどう行くのか、まったく解ってい

ないのである。

南じゃなくて北の海、男は北へ帰ります。きたの漁場は男の海よ、兄弟舟に親父の海よ。女は北へ帰ります、カモメ

は飛んで汽笛は揺れて、港の酒場でただ一人、貴方思って飲んでます。瞳に涙が滲みます、、、と演歌の世界に

入ってしまうのである。

パリには北駅、東駅、南駅などがあるらしい。北の海へ行くのだから向かうは当然北駅(ギャル、デュ、ノル)でなければ

ならない。

 とにかく北駅へ行ってそこで聞いてみようということになった。次の朝5時30分頃家(アパルトマン)を出て、メトロに

乗る。こんな早い時間にメトロに乗るのは初めてだ。ちらっと見渡してみると若い男が多いようだ。目付きも心なしか

鋭そうだ、「パリの近くのきれいな海へ行きたいんですが、どう行けばいいでしょう」等と聞いて、「ケッし知るけえ」

等と絡まれても困ると思って聞くのをやめておいた。メトロ駅迄の道でも道の掃除をしている黒人のお兄さんに出会ったが

朝早くから仕事をしている人に「きれいな海へ行きたい・・・」等と聞くのも悪いような気がして聞けなかった。

 で北駅に着いた。どうしようかと駅をうろうろしていると、電光掲示板が見え、ロンドンなど外国へ行く列車も出ているよ

うだ。大きな荷物を持った人も多い。キップ売り場を見つけて、そこのおネエさんに覚えているフランス語を総動員して

ジュブドレ アレアラメール(海へ行きたいのですが、、)ラメールベール(美しい海で、、)プリゥプロージュ ドパリ(パリ

から一番近くて、、) セウ(そこはどこですか?) コマン エスコン プイアレ(そこへは・・・どうしたら行けますか)と心は

高倉健さんふうに聞いてみる。丸暗記のフランス語はどうやら通じたようで「ラメール プリュプロージュ ド パリ・・・」

(パリに近くてきれいな海・・・)とおネエさんは席を立って探しに行ってくれる。しばらくして、パンフレットのようなもの

を持って来て、「ここの海がすっごくきれい、ここでいい?」と聞かれたので、「そこでいいです。そこまでのキップを二枚

下さい」と言って三百何フランだかを払う。日本円にして6000円位だ。一人3000円位だから自宅からだと和歌山の御坊

、紀伊田辺あたりの海ということになる。(と言っても関西人以外には分かりにくい、まあ大阪から白浜という感じか)

 エタプレ ル トゥケ ETAPLES LE TOUQUE (本当の読み方はよくわからない)と言う所らしい。

列車に乗り、走り出す、すこし北駅を離れるとじきパリ市街では見られない一戸建てが見え出す。それから暫く行って有る

ことに気づいた。

「フランスには山がない」どこまで行ってもたいらーーなのだ。木が繁って森のような所はあれど、盛り上がった「山」と呼べ

るようなものが見渡す限り右も左もない。地平線なのだ。家も屋根の色が茶色の同系色で、突飛な色はなくどこも絵にな

るって感じがする。それに沿線に看板がない。日本では「那智黒」とか「白浜00ホテル」とか「南部の梅」とかの大きな

看板が列車から見える所に有ったりしてそれはそれで旅情を誘ったりするのだが、それがない。駅にもいっさいなし。

列車からは木(森)と点在するかわいい家々とあっちもこっちもゴルフ場のような緑緑の地平線と青い空のみなのである。

 2時間半位で目的の駅に着く。小さな駅だ。タクシーが何台かいるが(3〜4台)ちょっと歩いてみる。(寒い)風が吹いて

いる。スーパーへ入るが半そでしか売ってない。

 一寸歩くがよく分からないので駅の近くへ戻る。釣具屋があったのでおっちゃんに「海はどっち、遠いの」と聞く、「真っ直

ぐ行って左だ」と教えてくれる。

 そのとおり(だと思う)方へ歩いていく、魚屋や船などがあり海の気分だ。心なしか海のにおいもしている、川(大きな)

ずたいの道を海(と思われる)ほうへ歩いて行くが、船はあるがどうもすぐ海という感じじゃない。ベンチで話していた三人

づれに聞いてみると「ここは湾で、海は反対の方へ行って橋を渡って向こうだ。」と言っているような感じだったのでまた

来た道を戻る。俺は駅へ戻りタクシーにでも聞いてみようかと思ったのだが、つれのAがどんどん橋の方へ歩いて行く

ので、何となくついて行く・・

俺は方向音痴で「こっちだ」と直感した方へ行くと必ずと言っていいほど「そっち」は正反対であることが多い、逆にAは

野生の方向感覚の持ち主で、知らない土地へ行っても「何となくこっち」という方へ行くと目的地に着く確率がほぼ100%

近い。それで、俺はどこへ行くにも「三尺下がってAの影を踏まず」の歩き方が日常化しているのである。Aの後を付いてい

けばたどり着ける気がするのである。

 (そのうえAの野生の勘は何と字も読めないパリでさえ威力を発揮していたのである。)

暫く歩いて「何か遠そうな気がする」と言うが、そんなこと言われても困るのである。

 駅から結構歩いて来ている。しばらく歩いて行くとマクド(マクドナルドを関西ではこう呼ぶ)があったので、そこで少し

腹ごしらえをして、休んで行こうということになった。

 マクドのネエちゃんに「海はどっち」「歩いてどれくらい、何分位」と聞いた(つもり)ら「まっすぐ、テンミニッツ、」と教えて

くれた。10分なら歩いてみるか、と歩くが10分、15分たっても海は見えず森の中の道はずっと続くばかりで、時折自転

車には出会うが、歩いているのは我々しかいないのである。もう少しもう少しと歩くうちに、どうやらテンミニッツは車で

10分の事ではなかったかという疑問がフツフツと沸いて出てくる。アルイテ(マルシェ)という言葉がどうも伝わっていな

かったらしいと思い始める。そのうち「南の海」「海の南」ととれる矢印を見つけその方へ歩いて行く。

Aは体調が珍しく良くないらしく「まだ行くの」みたいな事を言う、とりあえずホテルか何かへでも行かないとタクシーを呼ぶ

ことも出来ない。「海」の方へ歩いて行く。暫く行き、辺りが明るくなり、海のムードになってきたが安心は出来ない。交差点

で一休み、ジョギングのおばさんに「海はどっち」と聞くと「後ろのほう」だと言う。とりあえず行って見る。水平線のようなも

のが見えてくるが安心は出来ない。「森かもしれない」と思いつつもう少し歩くと波が見えてきた、間違いなく海だ。

 やっとたどり着いたが、ずいぶん時間が掛かった。駅からだと2時間以上歩いたことになる。テンミニッツどころではない。

(もっとも海へ歩いて行くという感覚が此処の人にはなかったのかも知れないとおもう)

 とりあえず海だ、・・がトイレはない。(トイレの矢印あるも)

 とりあえず海へ来たが・・・寒い、風が強い、一帯はずっと砂浜が続いている。左右に少し石か岩の様なのが見えるだけ

で、右方向へは遠くまでずっと砂浜である。海面も浜近くは少し薄茶色っぽくなっている。サーフィンをしている若い男

や子供がそこ此処にいて、此処はきっと泳ぐというよりサーフィンをしたりする海であるようだ。

浜辺にもヨット(というかサーフィンボードに帆をつけたようなもの)がずらっと並んでいる。
この寒いのに水着になって砂遊びをしている母子がいたりする。

こいつらは一体寒ないのかと思っているとコートを着たオバサンが近辺を歩いていくのが見えたりするのだ。俺は絶対このコートのオバサンが正解だと思うのだが、水着の母子三人ずれはそのままなのだ。
子供がサーフィンボードで波と戯れている。
よく見えないが海の向こうはきっとイギリスなのだろう。
確かにリゾート地に違いはなく、バカンスシーズンにはきっと人で埋まる事だろう。あの北駅のおねーさんはきっと彼氏とここでサーフィンしたりイチャイチャしたりした甘い思い出があって、ここをとっても美しい海と推薦してくれたのだと思う。僕としては小さな漁船がいて、港で、出来れば岩場などがあって、そこで獲れたおいしい魚介類を食べさせるレストランがあって、、、といった所を想像していたのだが、それはまあこっちの説明不足と言うより他はないから、おねえさんを責める訳には行かない。「美しい海」と言っても人によりイメージが違うのは仕方の無いことなのだ。

ボーっと見ていると大きな黒い犬がご主人達と散歩にでも来たのだろうやってきて、同じ位の大きさの別の白い犬を見つけた。

雄と雌であるのだろう。くるくると尻尾を振りながら廻って互いの匂いを嗅ぎあっている。「姉ちゃんちょっと付き合わへんけ

ー」「あらあなたも結構いい男じゃん」見たいな感じに見える。犬の世界は分かりやすくていいなあと思う。人間の世界では

街でちょっとキレイなおネエさんに出会ってもすぐお互いの匂いを嗅ぎあうという訳にはいかない。ハッタおされるのがおち

であろう。そんな事を考えていると、その黒い犬が突然ワンワンと何かに向かって吠え出したではないか。

それはおそらくパラセーリングとかいうのか、大きなビニールで出来た空気で膨らませてある羽のようなものにぶら下がり

風に乗って空を飛ぶものが降りてというか落ちて来たらしい。犬にしてみれば空からなにやら怪しげな物体、生物が降りて

きたわけであるから、これは異常事態。「今吠えずして何時吠える。」ということなのであろう。もう一匹の白い犬の方は

吠えていないからこの光景に慣れていて、「ここでは時折人が空から降ってくるものよ。もう珍しくなんかないわ。」という

ことなのだろう。

とすると黒い犬はやっぱり今日初めて、空から降ってくる怪しげな物体に遭遇したのだろう。新参者という訳だ。

犬に吠えられて困っていたお兄さんは暫くするとまた風に乗り舞い上がった。舞い上がったと言ってもずーっと高く上がった

訳ではなく、上の道路のガードレール辺りで風向きが変わるらしく、そのあたりでゆらゆらしているだけで、それより高く上

がることも、海の上へ出て行くことも出来ないらしい。暫くしてまた砂浜に降りたり、またフワフワと浮いていたりとずっとくり

かえしている。こうしているのが好きなのだろう。

宙ぶらりんで、もっと高く舞い上がるとか海の上へ飛んでいくとかしたいとか思うのだが、人は誰もが同じ事を思うとは限ら

ないのである。砂浜と上の道路のガードレールの間でフワフワしているのも彼の人生での素晴らしい時間なのかも知れな

のだ。

さてしかし何時までもこの寒い中でフワフワ男をボーッと見ている訳にもいかない。今日中にはパリに帰らなければならな

のだ。

タクシー乗り場は見つからず、タクシーも通らないようなので、カフェかどっかにでも入ってタクシーを呼んでもらうしかない

と思い浜を後にする。トイレへも行きたいし。道路沿いにレストランが見える。他に近くに店も見当たらないので、とりあえず

その店で茶でもシバイテ、タクシーを呼んでもらおうと言う事になった。

「飲み物だけでもいいか?」と聞くと「いいよ。こっちに座りな」というので座る。Aはコーヒー俺は紅茶と頼んだのだが、どう

やら紅茶二つということに聞き違えられたらしい。こういう間違いは「カタコトのフランス語、、、」ではよくあることなので、と

りあえず紅茶を飲む。

暫くして、「地球の歩き方」の「フランス語会話」の本をお尻のポケットから出し、「タクシーを呼んでください」というフランス

語の文をムッシュー(おっちゃん)に言うと、おっちゃんに意味は伝わったらしい。おっちゃんは電話してくれるという。これ

で一安心だ。「地球の歩き方、フランス語会話」は役に立つとほっとする。しかしまだホッとしてはいけないのだった。

電話していたおっちゃんが戻ってきて「ノータクシーだ」という。「ノータクシー」は困るなあ、と暫く困っていると、おっちゃん

がまたやってきて「何時の電車に乗るのか」というようなことを聞いているようだ。

「今日中にパリに帰りたい」と言うと、おっちゃんは分かったのかまた電話をしに行ったようだ。暫くして、「10分でタクシー

は来る」というような事を言ってくれた。これで一安心だ。10分後にきたタクシーに乗り約10分(テンミニッツ)で元の駅に

着いた。やっぱり車でテンミニッツであったのだ。いやよく歩いたものだ。若干足は疲れていた。


さて、やっとタクシーに乗って再びエタプレ・ル・トゥケ(だと思う)の駅前に着きました。

しかし列車が出たばかりらしく、次のパリ行きの電車は4時59分位で、2時間くらい時間がある。暫くそこらに座って休ん

でいたが、、、朝とは打って変わって日差しが強くなり、熱い位になっていた。ーーー疲れも取れて暇なので駅前を写真

に取ったり、ブラブラして見た。2階が焼けた不動産屋で物件の値段を見る。一戸建てが1000万円(日本円で)もあれば

買えるのである。マンション(アパルトマン)だと安いものなら400万円位で買えるのである。買うつもりも無いのに、「これ

が一番安い」などと安いものから捜すところが貧乏人の哀しいところではある。トホホ、、